
卒業設計がうまくいかなくても
死ぬわけではありません。
むしろこれからがスタートです。
大学生活は4年でも
社会人生活はその10倍くらいあるかもしれません。
私は卒業設計で色々な賞を取ろうと意気込んでいたのに
結局何の賞も取ることができませんでした。
同級生は仙台メディアテークで行われる大会で
全国3位に輝いていたり
特別賞を取っていたり
レモン画翠の優秀作品に選ばれていたり
優秀作品として雑誌に掲載されているなど
豊作な世代でした。
でも自分は何の賞も取れず…
本当に自分には建築の才能が無いんだなあと実感したのを覚えています。
周りからもセンス無いのによくやるよねとか
陰口叩かれていたのも知ってました。
卒業設計に挑戦することを辞める人がいる中
卒業設計に挑戦することは自分の夢でもあったので
ボロボロになってもいいからやろうと決めていました。
同じ研究室で卒業設計に挑戦していた2人とは
かなりの長い時間を一緒に過ごしていたので
とても仲良くなりました。
大学でも友達のグループができていて
なかなかその2人とは話す機会がありませんでしたが
その時ばかりは同じことに挑戦しているということもあり
四六時中一緒に過ごしていたので戦友のようでした。
その時過ごした時間は一生の思い出であり
私の人生の宝物になりました。
一生懸命挑んでやっていると
本物の仲間に出会います。
自分を応援してくれる人達にも出会うことができます。
良き思い出の一方で社会人になった今でも卒業設計の悪夢を定期的に夢に見ることもあります。
よほど悔しかったのでしょう。
全く理想とかけ離れた出来栄え。
こんなかたちで卒業設計の作品を発表するのが
とても辛かった。
才能がなくても努力でどうにかできるがモットーで今まで生きてきたのに
努力ではどうにもならなかったことを経験しました。
それもあり
アトリエ系事務所に進むことを諦めました。
ただ設計というか建築が好きという気持ちは大切だと感じたので
建築の設計は続けていきたいと思い
とあるハウスメーカーに就職しました。
社会人になって
あの時考えたこと・したことはやはり無駄ではなかったと感じます。
気休めではなく
調査・分析力
問題解決力
提案力
立体的に考える
コンセプトから考える
色々な視点から考える
答えは一つではないから
人との衝突は回避できない
わかり合えない人もいる
スケジュールを決めて進めること
最後までやり切ること
没頭すること
仕事をする上でかかせない
このような大切さを卒業設計をもって実感できました。
よく今の大学教育を否定する人達がいますが
決してそんなことはありません。
資格を取るだけなら資格の学校に行けばいいだけです。
私は建築を通して社会を生き抜く力を身につけることができました。
つまりは無駄と考えるのではなく
学んだことをどう活用するか
どう応用していくかが大事。
卒業設計で失敗しても死ぬわけではありません。
卒業設計に失敗してもそれをバネにして活躍している人もたくさんいます。
卒業設計で考えたことを是非とも仕事に活かしてみてください。


